侵食

もう

見ないで  あなたはわたしなの

見ないで  見たいのはあなた自身

見ないで  残酷な瞳

見ないで  壁に気づくだけ

あら

そうやって あなたはまた隠れるのね

そうやって 鬼が来るのを待つのね

そうやって お母さんを呼ぶのね

そうやって 自分の形を確かめながら

ほら

見て    欠けた心

見て    錆びた瞳

見て    壊れないうちに

見て    壊さないために

ねぇ

そっと   抱きしめて

ぎゅっと  抱きしめて

やっと   拒絶した

きっと   わたしたちはひとつ

きっと   みんなひとつ

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必罰

神様が、明日からはどんなに些細なことでも、悪いことをする者は遍く死の罰を与える、と決心なさいました。

 七日後、神の罰で死んでしまう人はすっかりいなくなりました。

 死ぬ者がいなくなったという話をサマエルから聞いた大天使ルシフェルは、そのことを神様に伝えに行きました。すると、神様はいらっしゃいませんでした。

 そこで、ルシフェルは自ら神にならむと思いました。

 しかし、罪びとはもう地上にいません。ルシフェルは閑暇を持て余しました。

 そこでルシフェルは地へ降り、人間を観察しに行きました。

 すると、人間がいません。

 そうです、人間も神もいなくなってしまったのでした。

 

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バイブル

先日聖書(そういえば世界で一番売れているという話ですね)を買いました。バイブルキューブっていうものです。ちっちゃくて(文庫以下のサイズ。厚みはありますが)、おしゃれでした。

ユダヤ教、キリスト教の理解のためには必須ですし、またユダヤ教、キリスト教の理解もまた必須だと思います。もちろん、(少なくとも今のぼくには)表層的にしか理解できないと思いますが。それでも、努力は続けようと思います。それに、いろんな場面で現れますしね(絵画とか、音楽とか、文学とか、政治とか、歴史とか、アニメ(エヴァとか)とか、もうたっくさん)。

ものすっごく長いですが、地道に読んでいこうと思います。

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異邦人

カミュの「異邦人」(新潮文庫)を読みました。

おもしろい!! 最後の4ページの迫力はすごい!! 思わずぞくっとしました。

斉藤孝さんの著書の影響を受け、「3色ボールペンで読む」を実践しているのですが、最後のこの部分は、9割くらい赤線を引いてしまいました。引かずには居られませんでしたね。

余談ですが、「三色ボールペンで読む日本語」(角川文庫)は一度読んでみることをお勧めします。たとえ賛同しないにしても、一見の価値はあります。

最初は不思議な文体にとまどい、またちょっと退屈な感じを受けていたのですが、第一部の終わりくらいからどんどん勢いづいてくる感じですかね。

いい作品は読み終わったときに、出会えてよかったって感じます。

読んだことのある人も多いかと思いますが、まだの人にはお勧めです。本文は127ページしかありませんし、安いです。

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コメント大賞

大学生協で行っているコメント大賞に応募しました!

フランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」(新潮文庫)について書きました。

中身は書きませんが、ホントお勧めですよ♪ 愛ってのは「ある人の不在を強く感じること」。「気に入られること以外わたしたちは何を求めているだろう?」。いや~名言です。

純文学なのに、アンヌに萌える、とか考えちゃうぼくって、けっこう重症ですよね…。

いや。萌えを物事に見出すという思考様式を持つことは、きっと楽しみが一つ増えたということ! 新たな視点を持ったことになるのだから! 

攻め・受けの視点も学んでみたいなぁ、とちょっと思う。

この記事を読んでくれた大学生の方、もう期限ぎりぎりですが、ぜひ一つでいいから募集してみてください。賞金(図書券)もあります。”わくわく”を無料でいただけるなんて!

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エヴァンゲリオン

しばらく前ですが、サークルの先輩主催で、けっこうな人数で集まってエヴァのアニメVer全26話を一日で見る、という企画がありました。

結果は10時半位に始まり、解散は午後10時半位という驚くべき(アホなだけ?)ものでした。

いや、でも面白かったですよ。本当に。知識を共有したりできるのも良いことの一つですが、冗談言い合いながら共に過ごす時間、というのは、共に真面目に何かに取り組むのと同じくらい大切な、幸せな時間だと思います。

そのうちエヴァについても書こうかなぁ。エヴァに限らず、今後本とかマンガとかアニメとかゲームとか、ネタばれがあるときはタイトルに書きますね♪

それにしても替え歌の「残酷なニートのテーゼ」はひどい…。普通に検索しても、動画投稿サイト(YouTubeとかニコニコ動画とか)でも見れるので、気になったら見てみてください。面白いけど、なんとなく暗くなります。

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砧 ~能~

先日サークルの人と一緒に青山能楽堂へ能を観に行きました(^^)v

寝音曲(ねおんきょく)という狂言と砧という能を観ました。

今はちょっと時間がないのであまり書けませんが、そのうち能について書こうと思います。

敷居が高くて行きづらい、行ってもわからなそう、と思いがちですが(ぼくもそうでした)、一度行ってみると、そんなことありません(ただ、わかりづらい(というか聞きづらい?)のは確かだと思いますが)。

ぼくはあの霊たちの世界を見ているような、自分がどこにいるのかわからなくなるような、自分がいなくなるような(これは色々なことに通じる気もします)、感覚が好きですね。

すいません、わかりづらくて……。

と~にかく、機会を見つけて、一度行ってみてください!!ただし、予習はしていったほうがいいと思います。図書館でテキストをコピーしてちらっと見たり、ネットで気になる用語を調べたりすれば十分かと思います。欲を言えば、能の歴史を知ってるとより面白いと思います。やっぱ世阿弥から入るととっつきやすいかなぁ。

青山能楽堂はお勧めです。近くで観れますし、ちょっとしたレクチャーを最後にしてくれますし♪

それで、やっぱり好きになれない、と思ったら、それはそれでOKなのだと思います。

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ラジオ

今年の夏からラジオを聴き始めました。ず~っとTVばっかでしたが、今年体調を崩して寝込んでいたらふとラジオを聴いてみようかなぁと思ったんです。

ラジオっていいものだなぁと感じました。TVは遠くて触れられない感じがするのですが、ラジオは番組側とリスナーとの距離が小さくて、温かみというと陳腐かもしれませんが、そんなものを感じる気がします。

声だけの世界、というのもすてきなものですね。自由に想像できるし♪

ラジオは聴かない、という方もぜひ、BGMとしてでいいので一度流してみてください。

そうそう、もしこのブログを見てくださっている方で、お勧めのラジオ番組があったら教えてほしいです(__) まだ聴き始めたばかりで、どんな番組があるかもよくわからないんですよね^^;

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まっがーれ↓スペクタクル

涼宮ハルヒの憂鬱、小泉一樹キャラソン「まっがーれ↓スペクタクル」の歌詞にこんな部分がありMaggareます。

  誰も秘密と知りながら

  毎日過ごすのは

  それぞれの思惑と

  ちょっぴりの好奇心

もちろん涼宮ハルヒの世界観を基に書かれたものではありますが、案外真に迫っている気もします。

みんな他者のことはホントのところ知り得なくて、それでも毎日共に過ごしていくのは、それぞれに思惑があるから、微妙な駆け引きをしながら何かを知りたい、相手のことを知りたいというちょっぴりの好奇心があるから、かな?かな?

あと、

  ここに出会えるぼくたちさえ 

  刹那の夢ならば

  うしろめたくない位

  楽しみを感じても

  わるいことには

  ならないでしゅう

という部分も好きですね。

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とある木の一生

わたしはとある種。お姉ちゃん、弟、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんたちが残してくれた葉っぱたち、ミミズさん、ダンゴムシさん、ワラジムシさん、ゲジゲジさん(わたしが言うのも変だけど、おもしろい名前でしょ。この前笑ったら怒られちゃった。『俺の名前は「ゲジゲジ」だけど、俺はゲジゲジじゃない。それに俺は「虫」じゃないし、「脚がいっぱいあって気持ち悪いもの」でもない。俺は「俺」ですらない。俺はいかなる俺以外のものとも違う。それが俺だ。お前もそのうちわかる。』だってさ。なんだかよくわからないな)、蟻さん、いも虫さんとかがふかふかにしてくれた葉っぱの毛布に包まれ、キリギリスさんや鈴虫さんやセミさんたちの演奏に耳を澄ましたり、ちょっとマズイ水を飲んだりしながら、過ごしてきた。

 そろそろ殻がきつくなってきた。

 でもここから出たらもうみんなの話を聞けなくなっちゃうらしい。もっとみんなの話を聞いていたいなぁ。

 わたしの「外」は冷たかった。

 隣の同い年の子よりも、弟よりも、おじいちゃんよりも、もっと栄養を。

 根を張り、枝を繁らせた。誰よりも大きくなった。

 だって、誰よりも一生懸命に生きたから。

わたしの子どもたちが旅立っていった。あの子もどこかで、わたしのように元気に育ってくれるかしら。自慢の子どもたち。

 最近どうも息苦しい。空気も、土の中の養分も、うまく吸えない。どうも昔よりもさらにまずくなった。これじゃ光合成もうまくいかない。もう歳なのかしら。

 最近わたしの周りを人間たちがよく見に来る。

 傲慢なあの、神の創った欠陥生物。どうも老いたわたしを保護しようとか計画しているらしい。大切な自然木だとか言っている。わたしはお前らの言うような「自然木」などではないわ。わたしはこうして生きている一つの生命。

 わたしの周りに柵がつくられた。だがもう遅いわ。自分のことは自分が一番分かっている。わたしはもうすぐ根元が腐って倒れて、カブトムシの幼虫やキノコのお宿となるの。

 わたしの生涯も短いものだったわ。人間に比べたら随分長いだろうけど、いくら生きたって、しょせんわたしたちは大きな河の流れにむすびては消える泡のようなもの。

 まぁ楽しかった。わしの人生はきっとみんながうらやむものだったわ。この土地で一番の長寿にして一番の巨木。

 ところで、わたしの子どもたちはいったいどうしているのかしら。あの子は立派な幹に大きな葉を繁らしているだろうか。あの子はちゃんと子どもを授かっただろうか。あの子はきれいな花を咲かしているだろうか。

 あの子たちには、話を聞いてくれる相手がいるのだろうか。

 願わくは、あの子たちに、普通の幸せを。

 わたしは死んだ。いも虫さんや、ダンゴムシさんや、ゲジゲジさんや、蟻さんや、ミミズさんたちはわたしにやさしく語りかけてくれた。

 「ぼくらと一緒に話さないかい?」

 いつかわたしはバラバラに朽ち果て、溶け、みんなの一部になった。

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