わたしはとある種。お姉ちゃん、弟、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんたちが残してくれた葉っぱたち、ミミズさん、ダンゴムシさん、ワラジムシさん、ゲジゲジさん(わたしが言うのも変だけど、おもしろい名前でしょ。この前笑ったら怒られちゃった。『俺の名前は「ゲジゲジ」だけど、俺はゲジゲジじゃない。それに俺は「虫」じゃないし、「脚がいっぱいあって気持ち悪いもの」でもない。俺は「俺」ですらない。俺はいかなる俺以外のものとも違う。それが俺だ。お前もそのうちわかる。』だってさ。なんだかよくわからないな)、蟻さん、いも虫さんとかがふかふかにしてくれた葉っぱの毛布に包まれ、キリギリスさんや鈴虫さんやセミさんたちの演奏に耳を澄ましたり、ちょっとマズイ水を飲んだりしながら、過ごしてきた。
そろそろ殻がきつくなってきた。
でもここから出たらもうみんなの話を聞けなくなっちゃうらしい。もっとみんなの話を聞いていたいなぁ。
わたしの「外」は冷たかった。
隣の同い年の子よりも、弟よりも、おじいちゃんよりも、もっと栄養を。
根を張り、枝を繁らせた。誰よりも大きくなった。
だって、誰よりも一生懸命に生きたから。
わたしの子どもたちが旅立っていった。あの子もどこかで、わたしのように元気に育ってくれるかしら。自慢の子どもたち。
最近どうも息苦しい。空気も、土の中の養分も、うまく吸えない。どうも昔よりもさらにまずくなった。これじゃ光合成もうまくいかない。もう歳なのかしら。
最近わたしの周りを人間たちがよく見に来る。
傲慢なあの、神の創った欠陥生物。どうも老いたわたしを保護しようとか計画しているらしい。大切な自然木だとか言っている。わたしはお前らの言うような「自然木」などではないわ。わたしはこうして生きている一つの生命。
わたしの周りに柵がつくられた。だがもう遅いわ。自分のことは自分が一番分かっている。わたしはもうすぐ根元が腐って倒れて、カブトムシの幼虫やキノコのお宿となるの。
わたしの生涯も短いものだったわ。人間に比べたら随分長いだろうけど、いくら生きたって、しょせんわたしたちは大きな河の流れにむすびては消える泡のようなもの。
まぁ楽しかった。わしの人生はきっとみんながうらやむものだったわ。この土地で一番の長寿にして一番の巨木。
ところで、わたしの子どもたちはいったいどうしているのかしら。あの子は立派な幹に大きな葉を繁らしているだろうか。あの子はちゃんと子どもを授かっただろうか。あの子はきれいな花を咲かしているだろうか。
あの子たちには、話を聞いてくれる相手がいるのだろうか。
願わくは、あの子たちに、普通の幸せを。
わたしは死んだ。いも虫さんや、ダンゴムシさんや、ゲジゲジさんや、蟻さんや、ミミズさんたちはわたしにやさしく語りかけてくれた。
「ぼくらと一緒に話さないかい?」
いつかわたしはバラバラに朽ち果て、溶け、みんなの一部になった。
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